坂本宿の守護神
八幡宮(群馬県安中市松井田町坂本)
江戸より中山道17番目の上州坂本宿(碓氷郡松井田町坂本)は、寛永2年(1625)三代将軍家光の時代に既成の宿場ではなく付近の住民と安中や高崎から人々を移住させて作られた人工的な宿場であった。 地名坂本の由来は「うすい坂のふもと」という意味だ。 中山道の難所碓氷峠をこれから越える、または越えてきた人々で宿場はにぎわい、寛永19年5月の参勤交代制度の成立により、坂本宿はさらに繁栄した。 天保年間の記録によれば本陣2、脇本陣4、馬宿、旅籠32軒、酒屋、風呂屋、女郎屋各々6件、茶屋、米屋、鍛冶屋など160軒の旅人相手の商店が並んでいたという。 なんと言っても坂本宿最大の出来事は幕末の文久元年(1861)11月9日、徳川家に降嫁する皇女和宮が本陣に宿泊したことではないだろうか。 随行者や出迎えの人など3万人でごった返したと伝えられています。
狛犬は坂本宿が出来ておよそ100年になろうかという享保8年(1723)に八幡宮に奉納されました。
銘は台座側面ではなく上面に「享保八癸卯歳九月吉祥日 上州坂本住 市川長」とあります。 造られてから300年にもなろうかという狛犬ですが、驚いたことに無傷で風雨による摩耗も有りません。 長い間御宮の屋根の下に居たと思われます。
(写真・文/山田敏春)