石碑の銘に「牛奉納」。
下方に93名の商人や職人たちの名に続き
「山谷町 石工 庄次郎」
「苗場町 石工 五良兵衛」とあり
「願主 北割下水 三河屋安兵衛 同 清助」
裏側に「文政八酉年霜月中旬」と刻まれています。
西暦で1825年の11月15日です。
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撫で牛は自分の体の悪い部分と同じところを撫でる事により病が癒えるとされ、これはお寺の「びんずるさま」と同じ信仰形態と云われています。
それから持参した赤い涎掛けを牛にかけ、それを持ち帰って幼子にかけると丈夫に育つと云われていますが、これは疱瘡除け(天然痘)がもとと思われます。
古来より牛飼い達は疱瘡にかかっても軽く済むという事が知られていた為でしょう。
牛を描いた絵馬も同じ意味で奉納されます。
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