出雲守と将監〜仙波東照宮
仙波東照宮(埼玉県川越市小仙波町1-2-1)
仙波東照宮の狛犬と手水鉢は明暦2年(1656)に江戸城から運ばれて来たもので、 狛犬台座には「献上 根来出雲守」 手水鉢には 「御本城御社御寶前 寛永十四丁丑歴九月十七日 奉献上 御手水鉢 佐久間右近将監 藤原朝臣真勝」 と刻まれている。
元和9年(1623)家光は三代将軍に就任。 かねてより家康を神と崇めていた家光は自分の為に本丸天守に家康を祀る小さな御宮を造営した。 普請奉行は根来盛正(出雲守)である。 二代将軍秀忠が寛永9年1月(1632)に亡くなると、家光は御宮を二の丸へ引いて移したと云う。 普請奉行はやはり根来盛正であった。
なお佐久間将監は茶人でもあったが寛永9年10月より作事奉行であり御宮の造営にも関わったと思われる。 日光東照宮の大造替が竣工した翌寛永14年(1637)江戸城二の丸にも東照宮が完成。 佐久間将監が手水鉢を献上、9日後の26日には根来盛正がこれまでの功績により正式に「従五位下」の官位を受ける。 日光東照宮奥の院の狛犬は大造替の責任者である二人の大名の功績を認めて特別に献上を許されたものと言われている。
二の丸東照宮の狛犬と手水鉢もやはり功績を認めての献上と考えれば、手水鉢の献上年である寛永十四年に狛犬も同時に献上されたのではないだろうか。