まさに狛犬が結んだ縁
 〜時空を越えて遭遇した内藤慶雲
                                 大野久美子


たまたま所属しているゼミで自分史を書くという機会があった。
仲間の一人が発表するファミリーヒストリーの原稿が送られて何やら胸騒ぎ、たった三行だったが「自分の祖母の家は溝の口の石屋であった」と書かれていたのだ。
発表当日、もしやと思い「おばあさんのおうちは内藤さんですか?」
とお聞きしたところ、ビンゴでした。
狛犬の杜に掲載されていた阿由葉さんの調査から「内藤家の系図」や「代々のお墓の写真」「慶雲の作品の数々」を赤の他人の私が示したのですから発表者もビックリ。
内藤家のご子孫といっても祖母の父が作太郎だということしか知らなかったとのこと。
慶雲という名を知り後日、国会図書館で検索すると慶雲にまつわる多くのデータが該当してうれしかったとのこと。

代わりに提供を受けた写真が「初代慶雲」や「内藤石材店」の写真。
また世田谷区下馬の駒繋神社の狛犬写真もご提供頂きました。



初代 内藤慶雲(留五郎)

 弘化4年〜大正14年

 明治21年 八幡神社(世田谷区太子堂)の

狛犬及びキツネから溝ノ口 石工 内藤留五郎ではなく内藤慶雲と名乗るようになった。


この写真がいつ頃のものかは不明とのこと。
矍鑠
(かくしゃく)とした姿ですね。

上の店舗写真には

「石匠内藤慶雲本店」と看板が掲げられているので、大正13年以降の三代目慶雲(慶三)になってからではないかと思われます。
中央に見えている狛犬が気になります…

                (阿由葉)

 駒繋神社の末社は台座に「明治四十五年五月吉日 溝ノ口石工 内藤慶雲」の銘はあるものの、昭和六十二年に再興され現在は岡崎狛犬に台座を譲っている。
ところが提供された写真はまさに明治の作品、作風から二代目慶雲、作太郎の作と思われる貴重な写真、ありがたく頂戴しました。
(写真提供 瀬村 様)


現在の様子


明治の狛犬と現在の台座
                                   2025年第165号より