玉垣狛犬はトラだった!    特別寄稿 中森あゆみ

弘前に行ったら、会いたいと思っていた岩木山神社の玉垣狛犬。
玉垣にしがみ付くように、玉垣と同石で彫られた狛犬で、何度も写真で見た時には、狛犬だと思い込んでいた。
しかし眼前で直にその姿をじっくりと観察すると「狛犬じゃない!虎やん!」という思いがわいてきた。





私がこれを虎とする根拠は(写真をご覧下さい)


古い日本画に描かれた虎のように
 ・顔が横に丸く、ギョロリとした大きな目
 ・丸みがある小さな耳が頭の下方部に付けられている
 ・細長い一本の尻尾
 ・タテガミが無く、猫ヒゲがある

 ことです。

楼門をくぐり拝殿にお詣りすると、千鳥破風内には虎の彫刻が睨みを利かせている。
岩木山神社が虎を象徴としている事が窺える。

では岩木山神社は何故こんなにも虎推しなのか?
元より岩木山神社の拝殿は、岩木山噴火によって岩木山神社別当の百沢寺全山が焼失した後、藩祖・津軽為信が慶長8年(1603)に起工し、三代藩主・津軽信義の寛永17年(1640)に完成した密教寺院の大堂(本堂)であった。
岩木山は津軽氏の城より西側にあり、四方四神である白虎を神獣とし、護国安寧を祈ったと岩木山神社の方から教えて頂いた。

石垣の獣像については、明治十九年岩木山神社の禰宜下沢保躬が著した『津軽古今偉業記』に
 「弘前の西岩木山神社の山門下に石神垣あり。大石を以て作りたるもの也。
  殊に石階の上左右にあるものは高八九尺一尺七八寸の魚面にして一の大石を以て柱もつはり柱も
  又其
虎の形を作りたるも一ツの石にて其細工の古雅なる国中信政朝臣の作らしめたるものなりと。
  …後略…」と記載されている。

これは明治には玉垣の獣像が、
狛犬ではなく虎であった事が認識されていたという事です。

では何故近頃では、『玉垣狛犬』として有名になってしまったのか?
その起因の一つには、岩木山神社の社殿は秀麗で『奥日光』とも称されているという事なので、日光東照宮にある玉垣狛犬を知る人達による、誤解があったのではないかとは明治大学の川野明正氏による見解です。

どうかもう一度先入観の無い状態でこの石垣の獣像を観て『狛犬なのか?虎なのか?』判断して頂きたいと思います。
       
                               明治大学 獅子・狛犬研究所 客員研究員
                                   中森あゆみ

                                  (2025年第169号より)


狛犬友達の中森さんから玉垣狛犬が実はトラだったという再発見?!の話をお聞きして、是非にと寄稿をお願いしました。
著書(THE! 狛犬コレクション)でこれを「玉垣狛犬」と紹介し世に広めたのは円丈師匠だったのではないかと思っています。
一度会いたいと思いつつ、いつまでたっても青森は遠い!

左の写真は天現寺(東京都港区南麻布)のトラで、明和3丙戌年4月8日に奉納されたものです。
この顔は江戸時代のトラの典型的なものの一つですが、玉垣狛犬の顔と似ていると思っていました。

                     (阿由葉 記)