東金の神使達<下>

江戸期の狛牛と狛鹿
八坂神社の狛牛

地元の人から天王様の愛称で親しまれている八坂神社には、本殿前に文化4年(1807)、
拝殿前には寛保3年(1743)建立の狛牛が居る。

共に背中に刻字があり、寛保の狛牛は東金市有形文化財。

天満宮で良く出会う「なで牛」は脚を折り曲げ寝そべっているが、この二対は阿吽型で体を真っ直ぐ伸ばし、四本の短い脚で立っている。

二対ともほぼ同じ体形だが、顔は対照的で文化の狛牛は面長の「醤油顔」、寛保のものは彫りが深い「ソース顔」だ。

木枠に囲われているため細部の観察が難しい。

鹿渡(かのと)神社の狛鹿

東金市には鹿渡神社(祭神は武甕槌命)が三社あり、すべての神社で狛鹿を確認した。
どれも素朴な造りで、深い掘り込みは全く無い。
角は嵌め込み式だったらしく、現在は丸型の穴のみが残っている。

(1)〈東金市田中〉寛政7年(1795)建立。(写真上)
四脚立ちで雄雌の印がある。阿吽型。

(2)〈東金市台方〉背中に安永癸巳年の刻字があるが、状態から見て近作と思われる。
後脚を折りたたみ顔を上げている。阿吽型。

(3)〈東金市福俵〉文化8年(1811)建立。
   か細く仔鹿を思わせる。
うつむいた顔がかわいいが、残念ながら体の半分はコンクリートで補正されている。
吽吽型。ここにはもう一対、平成10年建立のリアルな狛鹿が居る。

                              竹下克美 2005年47号