虎〜トラ 毘沙門天の虎 |
毘沙門天に援(助)けられたのが寅年、寅日、寅刻だったので、
これに因んで「虎」が神使としての扱いを受けている。 しかし、毘沙門天の本来の神使は百足(ムカデ)とされる。 |
長福院 |
毘沙門天は、元はインド古代神話の神で、ヒンズー教では宝石の神。 仏教に帰依してからは、仏法を守護する四天王および十二天の一尊で、北方を守護する武神。 また、毘沙門天は、仏が説法する道場に常に居て説法を聴くことから、「多聞天」の名も持つ。 四天王の一将として祀られる時は「多聞天」、単独で一尊だけ祀られる時は「毘沙門天」と呼ばれる。 日本で最初に毘沙門天が現れたとされる信貴山朝護孫子寺や鞍馬寺の縁起には、「毘沙門天に援(助)けられたのが、寅年、寅日、寅刻だった」とある。 毘沙門天は、戦勝の武神、開運出世の神として、武将の強い信仰を得た。 以下に例示した寺社はいずれも毘沙門天を祀り、境内には神使の虎像がおかれている。 |
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参道の随所に虎像が見られるが対になったものはない
奈良県生駒郡平群町信貴山2260-1 |
鑑真和上の高弟・鑑禎上人が霊夢で白馬に導かれてれて鞍馬山に登り、鬼女に襲われたところを毘沙門天に助けられた。 それが寅の月、寅の日、寅の刻だった。そこで鑑禎上人は草庵を結び、毘沙門天を祀った。 これが鞍馬寺の開創である(宝亀元年−770)。 そのため「寅」に因んで、鞍馬寺の仁王門や本殿金堂の前には、神使として、対の虎像がある。 なお、鞍馬山は古くから修験の山として、天狗や牛若丸(源義経)などでも有名である。 |
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本殿金堂前(青銅製) 昭和26年(1951) |
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京都市左京区鞍馬本町1074 |
建立年 | 嘉永元年(1848 〜 伝聞) |
石 工 | 彫工 鈴木喜三郎保教 石工 平田四郎右衛門 柳沢長右衛門 |
奉 納 | 檀家中、他世話人多数記載あり |
東京都新宿区神楽坂5-36
JR中央線飯田橋駅下車10分