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鳥取青谷の石工 川六<後編> 三遊亭円丈
【石と遊ぶ川六】
川六の狛犬を見いてると今まで見てきたどの石工より、無類の石好きだったのではないかと言う気がする。そして「自然石使いの川六」と言えるほど自然石が大好き。

東村神社 安政4年丁巳2月吉日
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潮津神社 安政4年8月吉日 川六作
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東村神社の安政4年(1857)の狛犬は、1m以上の自然石の上に構え系の狛犬を置いて、4本の足を載せる部分だけ少し削っている。
しかも一番下の土台には、この自然石の回りに石を四角く置いて補強している。
潮津神社(鳥取市青谷町中町)安政4年の狛犬は、その下にそれぞれ違う自然石、更にそれを支える土台の自然石と、更にそれを周りから囲う石。
そして川六最後の狛犬になった鹿野神社の元冶元年(1864)の狛犬は、5段の石の上に狛犬が乗っている。
また山口神社の万延元年(1860)の狛犬は出雲尾立ちの平凡タイプだが、阿吽とも大きめの自然石の上に2段の台石がある。
この自然石を持ってきて運ぶだけでも大変なのに、川六はまるで嬉々としてそれをやってるように思える。 |
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それは利水神社(鳥取市青谷町早牛)の狛犬水盤・安政6年(1859)もそうだ。
この水盤を作るだけでも大仕事なのに。
その下には、かなり大きな皿状をした自然石があって水盤から流れてくる水を受けている。
こんな石を加工したり、移動したりするのは江戸時代では大変な労力が必要だったと思われるが、それを川六はいとも簡単にやり、次々に完成させている。【完】
第77回例会「円丈の狛犬講座」より
3回に渡っての連載中、例会でも色々語って頂きました。
狛犬自体の出来よりも、「工夫された狛犬と台座の組み合わせ方に妙がある」「いつまでも石とつきあっていたい」という、同じ石好きである円丈会長の思いがそのまま伝わり、石とじっくり向き合い、その上で狛犬を彫っている姿が思い起こされるような話でした。(阿由葉)
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